コラム 第38回

【必要な子には、必要なタイミングで、失敗をさせる】 2/2


宿題を期日までに間に合わせられない子には、失敗させなければいけません
失敗を正しく“失敗”にしてあげなければいけません。
責任ある立場から怒られ、仲間に嘲笑され
悔しさを覚えてもらわなければなりません
失敗を繰り返さないために、正直に“失敗”としてあげなければいけないのです。
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親が“失敗”の隠蔽に加担してしまえば、こどもは学びません。
目の前の評価は落ち着いても、その子はその道の先で、同じ失敗を繰り返すでしょう。
その度に親が守れば、親が守ってあげられなくなる時期まで学ばず、同じ種類の、しかしより大きな過ちによる過大な責任を突然一人で背負うことになって、絶望します。
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その“絶望”こそが、その子に与えられた“失敗”であり“試練”だと周囲は無情にも言うのです。
でも、それでは手遅れ。
もっと早いうちに、その子の性質からくる“失敗”を経験させることができたはずなのです。
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「かわいい子には旅させろ」
誰もが知っているこのことわざには
・自己責任で“失敗”を背負わせること
・他人様に目一杯怒られてくること
・必要ならば世間で笑われること
そんな意味まで含まれているのではないでしょうか。
何にせよ、親元を離れることに本質はありそうです。
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9月3日、明日が始業式の学校も多いでしょう。
宿題を自力で終えた子は胸を張って、負えられなかった子は肩を落として、それぞれクラスへ向かいましょう。
肩を落とし反省すべき子が勘違いし胸を張る、そんな子育て・援護が各ご家庭に無いことを願っています。
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人間は、失敗と後悔からしか学びません
その“失敗”を安全に経験させるのが教育の役割なのです。
決して、こどもからその機会を奪ってはならないのです。

コラム 第37回

【必要な子には、必要なタイミングで、失敗をさせる】 1/2

夏休みの宿題代行について「メルカリなどが禁止」等々、今年も話題になっていましたね。


当塾では『宿題ひきうけ株式会社』という作品を題材に#読書感想文 を書くとき(主に5年生)、毎年生徒たちと考え続けてきました。

私の主宰する作文教室へいらしていただいているご家庭には、宿題代行を利用するようなクズ思考の親御さんはいないでしょうけれど、もう一つ私が生徒の家庭環境として望むのは「宿題を手伝わない」というものです。
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もちろん
「課題を前にして、アイディアを出し一緒に考えてあげる」
これはいいです。むしろ推奨します。
こどもたちの意見を聞いてから、それを掘り下げてあげたり、経験に裏打ちされた大人の考え方を披露してあげることは、こどもの脳のつかえる面積や分野を耕し広げてあげることにつながります。
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ダメダメなのは
「間に合わないから、作業を手伝う」こと。
これはダメダメで、ダサダサです。親として。
これをするなら、その子の親ではありません。
こどもから成長の機会を奪う山賊か
あるいは自己満足を追い求める堕天使。
親であることをやめてしまった人です。
(つづく)

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コラム 第36回

【お母さんは、きみを想ってる】
これは、夏休み中に再放送されていた#NHK #Eテレ こどものための哲学番組「Q」で、「なんでお母さんはいつも怒るの?」というテーマの中、お母さんパペットから出てきた言葉だ。

しかし、これほど邪魔な感覚はない。
「お母さん」を他の言葉に置き換えてみれば分かる。力の強い者が、情緒的に自身の正当性を訴えるときの常套手段だ。

こころから相手を想っている場合、私たちはただ見守る。あるいは静かなアドバイスを送る。これには忠告も含まれる。静かなのだ。自分で考え、自分の足で歩んでもらうためだ
それが番組で議題に上がっていたガミガミガミガミという怒り方になると、怒る側の“満足”という無意識の問題が頭をもたげてくる。
相手を一人の“人間”として尊重する気持ちがなくては、ただ感情としての“怒る”であって、人を育てる“叱る”にはならないのである。

「なんでお母さんはいつも怒るの?」に対する私の答えは、次の通りだ。
お母さんやお父さんがガミガミ言うのは、お母さんお父さんの“満足”にキミたちが到達していないことに我慢ができないからだよ。“親”という冠は時々、キミをキミとして見つめることを忘れさせるんだ
つまりは、怒る本人の未熟さの顕れだ。その怒り方を人前では決して出さないのも、それを表している。ガミガミの中にあるのでは、こどもたちも大切なことに気がつきにくい大切なことは静かな中で、いつもハッと気づかされるものなのだ


こどものための哲学番組「Q」は、いつも楽しく見させてもらっています。
噛みつく内容があるなんて、今回が初めてです。
引き続き応援したい番組ですので、皆様も機会があればお子さまとご覧になってください。